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作品詳細

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徳川美術館所蔵 ©徳川美術館イメージアーカイブ/DNPartcom
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コレクションNo.
TAM001143
作品No.
掛物73
画像No.
42980-1
 
 
作品名
近衛信尋書状 後水尾天皇宸筆勘返
 
 
作家名
近衛信尋筆・後水尾天皇宸筆
 
 
年代
江戸時代
制作年
17世紀
材質・形状
紙本墨書
寸法
縦36.0 横50.9
 
 
所蔵先
徳川美術館
画像データ
15.5MB
解説
近衛信尋(1599~1649)は後陽成天皇の第四皇子で、生母中和門院の兄にあたる近衛信尹の養嗣子となる。信尋は書や和歌のほか、茶や花・香にも造詣が深く、後水尾天皇とともに宮廷サロンの中心的役割をになっていた。
 本状は信尋が兄・後水尾天皇に宛てて、来たる24日の月次和歌御会に詠進する「夏雲」の兼題をいかに詠みこなすべきか指南を仰いだところ、天皇は三条西実隆の一首を例に示し、24日の対面を心待ちにしている、という返事を細字で信尋の手紙の行間に書き込んでいる。このような往復書簡を勘返状という。宛名の「菅式部」は、後水尾天皇側近の女官で、たとえ兄弟であっても、直接には書状を書かないのが通例であった。勘返の筆蹟は江戸時代以来後西天皇の宸筆として伝わったが、信尋書状に後水尾天皇が宸筆を加えた例はほかにもあり、筆蹟も類似するため、後水尾天皇の宸筆勘返とみられる。【追而書】(※カッコ内は宸筆)左兵衛いたし候扇一本にて御座候哉(一本ニ候) これも下絵廿四日ニ持参いたし候べく候 【本文】
其後ハしこういたし候て(誠此間者疎遠心事相積候事候)
御物語申候はす候ゆへ世上面白
からす候何事も無御座候哉
ことのほかひへ申候か御そくさいに候哉
(此方一段この息災候事候其方又如何)
二三日は法楽の詠進思案いたし候
夏日といふ題日影をへたつる趣向
ならては存よられす候古哥にも夏雲と
いふ題みえ申さす候いかやうの事よく候はん哉
(夏雲花の色にみしは物かはほとときすこゑ待頃のみねのしら雲 消遥院)
雲のみねといふ哥御覚えなされ候哉
(雲峯ノ哥無覚悟候夫木なとにもみえす候也若考得候ハ必可入見参候)
これも連歌ならては不拵候もし御覚なされ候ハは
承度候夕立五月雨なとゝて仕候へは大かた
(我等も冬浦ヲとり申候)
夕立五月雨なとの哥に成申候さて 〃
(赤面申候事申候)
無念なる事候ちと 〃 御指南奉頼候
(一度御作答候)
いかさまよかれあしかれ廿四日には書付候てしこう (廿四日には必ゝ待入候)
いたし申上候へく候 かしく (御報) (花押)
かん式部とのへ  信尋