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Photo : Kobe City Museum / DNPartcom
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コレクションNo.
KCM000087X03
画像No.
KCM000087X03
作品名
桜ヶ丘1号銅鐸_B面
分類
古代の神戸
年代
弥生時代中期
寸法
総高42.8 重量5.8kg
指定
国宝
所蔵先
神戸市立博物館
画像データ
1.9MB
解説
流れる水のような文様(流水文)の間を、人物や動物、昆虫などの文様帯が絵巻物風に鐸身を一周する絵画銅鐸である。A面とした鐸身には、左から弓を構える人、矢が背中に刺さったシカの頭を抑える人、2頭のシカ、カニ、トンボ、弓と矢を両手に持つ人、イモリとカエル、スッポンが鋳出されている。その裏面のB面には、左から四足の動物2匹(イヌ?)・脱穀作業をする2人、弓を構える人、文様帯の上辺に捕まるサルまたはカマキリ、手に何かを持つ2人が鋳出されている。これらの多くの画題は、絵画銅鐸である4号銅鐸や5号銅鐸にも取り入れられている。 銅鐸は石の鋳型と土の鋳型で鋳造されてが、本資料は、石の鋳型で鋳造されたものと考えられ、鳥取県泊銅鐸や滋賀県新庄銅鐸など、本資料と同じ形態・文様を持つ銅鐸が他に4点ある。石の鋳型は補修を加えて数回使用することができるため、同じ形態・文様の銅鐸を鋳造することができる。本資料は、ひとつの石の鋳型から次々に5つの銅鐸を鋳造したことが判る貴重な資料である。(橋詰)灘区の石屋川上流、六甲山南斜面の標高240m付近の通称「神岡」という尾根の東斜面で、土取り作業中に14口の銅鐸と武器形祭器である銅戈7口が発見された。発見者の記憶と、最初に出土した11号銅鐸に残る傷跡、出土時に付着していた錆や土の状況から埋納状況が推測されている。銅鐸は丘陵斜面を削って一つの埋納穴をつくり、2群に分かれ埋められていた可能性が高い。吊り手である紐【ちゅう】を同じ方向(傾斜に対し下方)に揃え、鰭【ひれ】を上下に置いた形ないし、斜めの形で、それぞれの銅鐸の身を接して置かれ、その上に同じ様な姿勢で2段ないし3段に重ね合わせて埋納されていたと考えられる。最も大きな6号銅鐸は鰭を左右に、鐸身を水平に置かれ、少し離れた東方から3口の銅鐸が置かれ、その下に方向を揃えて整然と重ね束ねられた銅戈7点が埋納されていたと推測される。 出土した銅鐸はその形態や文様構成に違いがあり、また石製鋳型と土製鋳型による二つの鋳造方法によって製作されているなど、製作時期の違いが見出される。本資料のように製作時期の違う銅鐸が多量に土中に埋納されることは最大の謎であるが、墓などの特定個人への副葬品としては出土例がなく、ムラの共有物であったと考えられる。(…)【注釈へ】
注釈
(解説続き)弥生時代の祭祀形態だけでなく、当時の社会全体を考える上でも貴重な資料であり、昭和45年、国民共有の財産、国宝に指定されている。(橋詰) / 国宝【名品2008】名品100選、1口