画像提供元
作家/制作者
作品名/資料名
クリア
閉じる

作品詳細

クレジット表記
福岡市博物館所蔵 画像提供:福岡市博物館 / DNPartcom
ご利用上の注意
ご利用内容により、画像提供元(美術館・博物館等)から事前に許可を得ねばならない場合があります。
コレクションNo.
FCM1900P00001
画像No.
1900P00001
 
 
作品名
「少蒋」銘硯
 
 
作家名
不詳
 
 
分類
考古遺物
年代
平安時代 宋時代
材質・形状
粘板岩
寸法
縦11.0cm 横7.5cm 高さ2.0cm
 
 
所蔵先
福岡市博物館
画像データ
5.1MB
解説
 昭和25(1950)年、高野孤鹿(たかのころく)氏が平和台球場の南側で採集した箕形の石硯(残欠)である。硯の外底面に線刻(せんこく)があり、中国人名の「胡承■(王へんに蓮)」は硯を「鐫(せん)」=刻んだ製作者、「小蒋」(「小」は若いという意味か)はこの硯を「置」=買った人物で、鴻臚館(こうろかん)での貿易にたずさわった中国人の名前と考えられる。ただ、材質は「硯瓦」(瓦硯(がけん))ではなく粘板岩である。この中国製の硯は、鴻臚館の位置を推定する資料のひとつになった。
 現在の福岡市中央区城内に置かれた大宰府鴻臚館(筑紫館(つくしのむろつみ))は、飛鳥・奈良・平安時代(7世紀後半~11世紀中)に唐や新羅の外国使節、日本からの遣唐使や遣新羅使などをもてなす外交施設として、後には中国や朝鮮半島の商人との貿易施設としての役割を果たした。昭和62(1987)年末からの発掘調査によって、柱跡や礎石、門や築地、トイレ、大量の瓦などが発見され、三期の建物の移り変わりが明らかになった。また、中国製陶磁器(唐~北宋)、朝鮮製陶磁器(新羅~高麗)、さらにイスラム系陶器・ガラス器など、国際色豊かな遺物が出土し、古代日本の国際交流の拠点であったことがわかってきた。
外底面線刻:「   之年   胡承■(王へんに蓮)鐫 小蒋置此硯瓦
【ID Number1900P00001】参考文献:『福岡市博物館名品図録』
注釈
硯の底面に「小蒋」の銘が刻まれ、この硯を購入した「蒋」という人物の名前と考えられる。この中国製の硯は昭和25年に平和台球場南側で採集され、鴻臚館の位置を推定する資料の1つとなった。参考文献:『福岡市博物館名品図録』 福岡市立歴史資料館移管資料 福岡市博物館特別展示図録『古代の博多 鴻臚館とその時代』(平成19年)