筑紫新聞 第1号

筑紫新聞 第1号

FCM1999B01156

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コレクション番号 FCM1999B01156
作品名 筑紫新聞 第1号
所蔵先 福岡市博物館
クレジット 福岡市博物館所蔵 画像提供:福岡市博物館 / DNPartcom

ご利用上の注意 ご利用内容により、画像提供元(美術館・博物館等)から事前に許可を得ねばならない場合があります。

フィルムNo. 1999B01156
年代 明治時代 明治10(1877)年3月24日
寸法 18.9×13.2
解説  幕末から明治初年、東京や長崎などで新聞が創刊され始めた。当時の新聞はまだ高価なもので、個人で新聞を購読することはそれほど一般的ではなく、新聞を有料または無料で閲覧することができる新聞縦覧所(しんぶんじゅうらんじょ)という施設もあったらしい。博多でも、後に『筑紫新聞』の創刊にも関わることになる藤井孫次郎(ふじいまごじろう)が、商用で東京に滞在していたときに『東京日日新聞(とうきょうにちにちしんぶん)』の創刊に出会い、新聞の効用に感動し、これを多くの人々にひろめようと、明治5(1872)年、自分の店の一角に東京の新聞を無料で閲覧することのできる新聞縦覧所を開設した。 福岡・博多で最初の新聞である『筑紫新聞』の創刊は、西南戦争がおきた明治10(1877)年のことである。『筑紫新聞』は小冊子型で、三日に一度の発行、西南戦争の戦況報道に力を入れ、付録に戦地の地図が付くこともあった。35号(一説には40号)まで発行されたらしい。その発行部数は1000部にも満たなかったようだが、これが『めさまし新聞』『筑紫新報(ちくししんぽう)』『福岡日日新聞(ふくおかにちにちしんぶん)』を経て『西日本新聞(にしにっぽんしんぶん)』へと続く福岡における新聞報道の第一歩であった。【ID Number1999B01156】参考文献:『福岡市博物館名品図録』
注釈 参考文献:『福岡市博物館名品図録』

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