コレクション番号 TGM000026
作品名 七草図
作品名欧文
作家名 酒井抱一
所蔵先 徳川ミュージアム
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フィルムNo. 9713
作品No. 書画4
年代 江戸時代
制作年 文化6年(1809)以降
寸法 縦176..0×横78.0
解説 酒井抱一(1761〜1828)は、姫路城主酒井忠以の弟で、絵師となり、狩野派、土佐派さらには円山派、南蘋派をも学んだ。兄の酒井忠以は姫路藩主で風雅大名として知られた。その影響を受けてか、抱一も少年時代から書や俳諧に才能を発揮し、37歳の時に出家、やがて40歳頃に琳派の画家・尾形光琳の作品に影響を受け、その研究と自らの創作活動に没頭していった。双鶴図は抱一が寛政9年(1797)以降に用いた「抱一暉真筆」の署名と「文詮」の朱字円印が捺されており、抱一の若き時代の作品とわかる。七草図は抱一の円熟期の作品といわれ、抱一が49歳以降に用いた「抱一暉真」の署名と「鶯村」の朱字印、「文詮」の朱字瓢形印が捺されている。秋の七草を題材に光琳の華やかな画風を採り入れつつ、円山派の写実的な技法が完成をみた作品といえる。秋の七草は女郎花、尾花、桔梗、撫子、藤袴、葛、萩のこと。古来より秋の野花を眺めて短歌や句を詠む習慣がある。万葉集の巻8に歌人山上憶良が詠んだ和歌があり、その歌意を描いた画と伝えられている。本来、別々の作品を水戸家8代齋脩(1797〜1829・哀公)が対幅に仕立て直し、愛蔵した。
注釈 『大徳川展』・157ページ