徳川斉昭肖像画

徳川斉昭肖像画

TGM000007

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  • 商品説明
コレクション番号 TGM000007
作品名 徳川斉昭肖像画
作品名欧文 
所蔵先 徳川ミュージアム
クレジット ©2025 徳川ミュージアム・イメージアーカイブ/DNPartcom

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フィルムNo. 3670
作品No. 御歴代159
年代 
制作年 
寸法 縦185.3×横61.2(本紙 縦92.3×横49.5)
解説 9代斉昭の直衣姿の肖像画。斉昭は寛政12年(1800)江戸の小石川邸に生まれ、幼名は敬三郎、字を子信。景山と号した。7代治紀の第3子で、8代齋脩の弟にあたる。文政12年(1829)襲封、従三位近衛権中将となる。天保2年(1831)有栖川宮織仁親王の王女・登美宮(1804−1893・吉子・文明夫人)を正室に迎え、天保8年(1837)権中納言に任じられるが、弘化元年(1844)隠居、万延元年(1860)に61歳で薨じた。 斉昭の時代、日本は大きな転換期を迎えようとしていた。水戸藩でも文政7年(1824)に大津浜にイギリス船が漂着し、欧米諸国の接近が現実のものとなってきていた。また国内でも幕藩体制の矛盾による問題がいよいよ限界に達し始めた。このようななかで、斉昭は日本の国力増強と尊皇攘夷を主張し、幕末の日本で活躍することになる。また、斉昭の息子も国内外を問わず活躍した。7男慶喜は最後の徳川将軍となって、大政奉還を実現させた。また11男昭武はパリ万博に参加し、その後も諸国を歴訪した。
注釈 

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